事実経過 1号機

1号機は地震で配管の破断があり,そこから水が抜けた。

配管破断の警報が鳴っていたが,吉田所長はそれを無視した。

配管の破断が起きたらすべきことは高圧注水系を入れること。

高圧注水系とは原子炉の圧力が高まった時でも水を入れることができるECCS(非常用炉心冷却装置)のこと。

これを使わなかったことがそもそもの大失敗。

1号機と2号機は地震が起きてから津波が来て電源を失うまでの50分間はそれを使えたはずなのに使わなかった。

3号機には津波が来てからでも,非常用の蓄電池があったので,それを使えたはずなのに使わなかった。

因みに,高圧注水系を使わないことが原発事故の対処としては一番まずい対処であるということは,スリーマイル事故の時に得られた大きな教訓の一つ。

この教訓は東電のPR誌に書いてあり,吉田所長はそのことをすっかり忘れてしまっていたようだ。

この対応の失敗により,1号機は3時間で原子炉が崩れ,午後6時には放射能だらけになった。

10時には吉田所長は原子炉建屋に入ってはならないという指示を出す。

この時点で放射能が漏れていたということは地震で配管が破断していたことを示している。

東電はこの時点でベントを行なう。その結果,ある程度の量の放射能が宮城県にまで飛んでいったが,福島第一は守られた。


事実経過 2号機

2号機は大変なことだった。2号機は助けることができた。

2号機は14日の昼までの3日間は燃料棒の上4メートルという水位を保っていた。

このままうまくいくはずだったのだが,不運にも14日の3号機の爆発により配管が破断し,水が漏れ出した。

水位を上げるために何とかしなければならないと考え,吉田所長は海水を入れるという,とんでもない間違いを犯してしまう。

そして,さらに水が入るためには原子炉の圧力を下げる必要があるが,そのためにベントをしてしまう。

(東電は2号機でベントをしたことを認めていない。なぜなら,この時は風向きが悪く,近隣の多くの人を被曝させる結果となった。警告をせずにベントして被曝させたことの責任を負いたくないため。)

海水を入れた結果,原子炉内は錆びてしまった。このまま錆が進行すればいつか穴が開いてしまう。

槌田氏は細野大臣にFAXで液体窒素を入れることを提案している。

そのメリットは温度が低くなるから反応が止まる。また,水を凍らせるから酸素の供給が止まり,錆の進行も止まる。さらに,氷で冷却するので汚染水問題も解決する。

しかし,細野大臣からは何の返事もない。


事実経過 3号機

3号機は1号機と同様,地震で配管が破断した。

しかし,吉田所長は警報を誤報としてECCS(高圧注水系)を使わなかった。

計器の電源が回復したのは15時間後だったが,3号機の場合は計器が破損していたので回復後も一切の情報がなかった。

3号機に関しては何十年か先,原子炉を開いてみるまで一切が判らないという状態。



事実経過 4号機


運転して出るのは水蒸気。その水蒸気が原子炉から吹き出る勢いで建屋の壁が壊れた。

この自動運転状態はそのまま6月末まで放置された。

ホウ素を入れることによって自動運転は止まったが,事故後すぐにそうしなかったのは,燃料が入っているのがばれてしまうためだった。

(1:17:20まで。残りは続く)